ローカル・ガストロノミー × タイ料理

 「すぐれた食材」というものは、実は、どこにでもあって、伊那谷に限定されることではありません。これと思った材料を取り寄せて使えば料理は「それなりに」おいしくなるものです。世の中が便利になって、山へ行かずとも食糧が手に入るようになり、種を蒔かずとも、買えばこと足りるようになった。日本のどこにいても、「それなりの料理」を作ることができるでしょう。
 畑で作物の世話をしているときに、思うのです。大根や蕪のハートが対になった双葉、くるりとした瓜の蔓と柔らかな若葉、まだ花が残る三センチほどの胡瓜、ピンクで可憐なツルムラサキの花、葉っぱと同じ味がするルッコラのつぼみ、などなどを、どうやって召し上がって頂こうかと。作物だけでなく、山にも川にも、その時にしか出会えない素材の姿と味わいがあって、これらをどうやって皿の上に載せるかを、採取しながら考えています。
 タイランドの、特にチエンマイやイサーンの食習慣は、伊那谷のそれと、よく似ています。山菜、筍、キノコ、川魚、昆虫を料理する。山、川、田畑から頂く命を、糧にする。日々の料理は、素材に対する知識と知恵に支えられており、そこに住む人々は、里山への感謝を忘れません。
 伊那谷を見渡せば、山も川も里も、一年中、食材であふれている。なのに、それらを採って、料理して食べる人は、意外と少ないように見受けられます。手にした食材を、余すところなく活かしきって糧とする。タイ料理には、日常生活の中にそうした懐の深さと術があって、これに倣いたい、と思いました。
料理は、素材と出逢った瞬間から始まっています。風の運んでくる匂いや温度まで伝わるようなひと皿を作ってこそ、ローカルガストロノミーと呼べるでしょう。
 里山を料理する。「伊那谷の今を料理し続けること」が、里山料理倶楽部の願いです。

FOODSTUFF

食材について

 3月の下旬、山と里の境目に春を探しに行きます。標高は千メートル前後。雪解け水の流れにセリやクレソンをみつけ、日当たりの良い斜面で、ふきのとうや土筆、お目当ての場所で、山野草を採取。4月。気温が上がるにつれ、探し物は、地表から膝丈、腰のあたり、目の高さへと、移っていく。山菜の季節です。5月中旬。手を伸ばして針槐の花を採る頃、田植えが終わって、畑仕事が始まる。こうして里山との付き合いは、水が流れるように続いていきます。

 山から頂くもの。種を蒔いて育てるもの。料理に使う素材のほとんどは、この伊那谷にあって、自分と同じ時間を生きています。皿の上にあるのは、伊那谷の命そのもの。

 他に、林種鶏場のぎたろう軍鶏や息吹館のニジマス、唐澤園芸の白苺、矢澤園芸のメイヤーレモン、十文字ガルテンの果物など、気持ちの通じる生産者さんが手掛ける食材、自家栽培の野菜、ハーブなど。決して伊那谷産、長野県産に限る、ということではありません。富山のホタルイカ、静岡のシラス、兵庫の牡蠣など、その時期になると無理なく手に入る、元気な食材たち。
 伊那谷の食材と出会うことで生まれる料理「GUUUT」のスタイルは、小鮒やニジマスで作るナムプラーとナムプララー。自家栽培大豆のタオチオ、冬季限定のオイスターソースなど、調味料にまで及びます。

FERMENTATION

醗酵について

自家栽培の野菜。採れるときは、困るほど採れます。冷蔵庫に入りきらなくて、漬物にしました。それが始まり。ひと口に漬物と言っても、いろいろあります。醗酵に長く耐えられる食材の素性と環境、漬ける食材と相性の良い菌、そうでない菌との住み分けなど、興味はどんどん広がって、醗酵の国、タイランドで学び、伊那谷で実践することを繰り返しました。

箕輪町の辺は10月下旬に初霜が降ります。それで、自家栽培しているタイ野菜とハーブのほとんどが終了。タイ料理特有の香りと味に頼れない、冬の到来。ここから醗酵食材を多用する 2nd seasonが始まります。夏の暑さを越えて熟れた山菜、野菜、魚、肉。有り余る時期に、菌の力を借りて蓄えた食材のいろいろが、ハーブに代わって、料理に深みと複雑さを与えてくれます。醗酵は、保存の手段。旨味は、保存の結果。変化し続ける素材として捉え、その時の状態に合わせて調理します。

ARRANGMENT

盛り付けについて

  เกิด タイ料理が、伊那谷の素材と出会って生まれる皿。本国では再現できないタイ料理。
 タイには、大きく分けて5つの食文化があります。北部、東北部、南部は、それぞれ隣接する国の文化や習慣が大きく影響しています。バンコクなど都市部はタイ中華と呼ばれる料理が主流です。そして、これらの地方料理を基に、食材、カットの技法、什器類で装飾性を高めた、宮廷料理。日本で提供されるタイ料理の多くは、まだまだ断片的であると申せましょう。

 更に、料理人の個性を取り入れて再構築された、コンテンポラリー、或いはフュージョン、と呼ばれる料理を提供するレストランの誕生。美しく盛りつけられた皿で構成されたコース料理は、これまでのタイ料理の世界観とは大きく異なります。その最前線を担う店は、Michelin guide やAsia's50 BestRestaurants に於いて高く評価され、世界から注目を浴びています。タイ料理は、この数年で、大きく進歩しました。

 GUUUTは、食材の多くを、里山と自家の畑から調達しています。見慣れた食材も、その時々で、姿と味が変わります。命ある食材を、その命のあるがままに、皿に載せて召し上がって頂く。タイ料理のカタチが、固定観念に囚われることなく、その本質を保ちながら変化する。風土と時代に合わせた、命に繋がる料理でありたい、と願っています。